#04.報告/たった一人の委員会にて

『で、クラスの子が怪我したのが金居達の仕業だと?』
 その後。秋良は風紀委員管理の部屋に通され、今回の件についての一通りを蛍に話していたのだった。蛍は時々相槌を打ちながら、自分で入れた茶を啜っていた。
『ええ。金居達がうちのクラスに何度も足を運んでいたとの証言もありました。ちなみにその証言も録音してありますよ』
 クラスメイトが怪我をしてから、秋良が独自に集めた情報を一つ一つ丁寧に説明していく。最初は不審がっていた他のクラスメイトも事情を話すと、しっかりとした証言をしてくれた。
『何より、俺もあいつらがガラスを仕込むところ見たことありますからね』
 こそこそと教室を出ていく金居達は滑稽で、そして酷く不快だった。
 あと……と秋良は付け足し、ハンカチを取り出した。そこに包まれていたのは、
『ガラス片?あ、血が付いてる……』
『これは二日前に俺の机の中に入っていたものです。俺は一切素手で触っていませんが…奴らのうちの誰かが間違えて切ったんでしょう。この血の量からして結構深く切ったみたいですから、手を調べればすぐに調べがつきますよ。それだけじゃ弱い証拠にしかなりませんが、今回のICレコーダーの音声データがあれば…』
 秋良への嫌がらせ、クラスメイトへの傷害が立証できる。
 秋良は一旦伏せた目を蛍へ向けた。
『そう言えば俺も気になってたんですけど。先輩っていつから話聞いてたんですか?』
 先程の廊下の会話では、蛍はどこからか立ち聞きしているような言い方をしていた。
『ん?えーと……『お前が探してるのはこいつら?』ってとこの少し前から。あ、そういえばこの時携帯の録音ボタン押してたんだ?』
 少し考えてから蛍は口を開いた。その応えに秋良は肩を落とした。
『そうです、けど。ほとんど最初から立ち聞きしてたんじゃないですか…』
 あんなセリフは本当はキャラでもないし、ただ恥ずかしいだけのセリフだ。
 携帯の録音開始音を誤魔化すためとはいえ、穴があるなら入りたい、と本気で思う秋良だった。
『ま、良いじゃない』
 どこが『良い』のか分からないが、蛍はニッと笑って見せた。そして、
『それじゃお互い疑問を解消したところで、報告書宜しくね』
『……はい?』
 突然の職務放棄に、再び聞き返す秋良。蛍は当然、といった風に続ける。
『いくら証言も物的証拠があってもさ、出所が一般の生徒だと学校側が納得しないわけ。……だからこそうちの権限が強いの分かるよね?』
 校内及び敷地周辺の治安維持の為に動く風紀委員会。証拠が揃えば職員の解職要求さえ出来る程の権限が与えられているらしい。そんな噂を聞いたことがあった。蛍の様子からして真実なのだろう。
『だからさ……』
 蛍が立ち上がり、デスクの引出しから数枚の紙切れを取り出した。そしてそのうちの1枚を秋良に寄越した。そこに書かれた文字は『所属届』。
『あんた、風紀委員に来なよ』
『はい?』
 本日何度目かの聞き返し。秋良は呆気に取られたような様子で目の前の蛍を見ていた。
『あんたは噂通り頭もキレるし、行動力もある。うちは実力行使に出ざるを得ない時もあるけど…あんたの今日の様子なら大丈夫そうだし』
 金居の取り巻きを返り討ちにしたことを言っているのだろう。確かに五、六人を一度に相手出来る秋良なら、即戦力になる。
 それに、と蛍は続けようとしたが途中で何故か口を噤んでしまった。
『……ま、選ぶのは自由だけど? 風紀委員じゃなきゃ金居達を告発するのは難しいね。それに今回金居達を殴ったことを逆手に取られて処分があんたにも及ぶかも』
 どうする?と、不敵な笑みを浮かべながら秋良を見る蛍。
『……』
 秋良は仕方ない、という風にため息を一つ吐いた。傷害で停学程度なら甘んじて受けても構わないが、ここまでやって金居達が罰を受けないのは癪だった。
 秋良は覚悟を決めたようにペンを取ると、整った字で所属届にサインをした。蛍はそれを受け取ると、満足げに判を押す。
『改めてあたし、日高蛍ね。改めて宜しく、秋良』
 そう言って差し出された蛍の手。秋良はその小さな手を握り返す。久しぶりに触れた人の手は暖かかった。しかし、
『じゃ、報告書宜しく。お茶淹れてあげるからさ』
 握手していた手をサッと引っ込め、満面の笑みのおまけ付きで、紙の束を渡すのは目の前の風紀委員長。
『はい……』
 先輩と後輩。委員長とヒラの委員。逆らえるはずなどない。
 秋良は苦笑してそれを受け取った。何となくこの女(ひと)とは長い付き合いになりそうだと予感しながら。
 少し離れたところで、蛍が機嫌良さそうにマグカップを出しているのを視界の端に捉えながら、秋良は報告書に取り掛かり始めた。
 今日の日付はいつだったかと携帯を取り出して開く。
 ――『やっと一人だけの委員会から脱出だ』という蛍のセリフに驚いて携帯を取り落とすまで、あと十秒足らずとも知らずに。

 後日。金居とその取り巻きは、風紀委員会主催の監査会で嫌がらせと傷害を認めた為、一ヶ月の停学処分を受けたらしい。
 それからは秋良の平穏な学校生活も脅かされる事なく、少しずつクラスメイトとの距離も近付いていた。
 週に数回、大量の書類をさばきながら、こんな生活も悪くない、と思い始めている。
 そんな自分に気付いて苦笑しつつも、今日も書類にペンを走らせる秋良がいた

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久々のテキスト大量up…。
完璧人間なのにヘタレ気味な秋良とその一つ先輩の蛍の物語はまだ始まったばかり。
【2010/10/25】up (C)香山湊