#01.黄昏/そう、それはある春の夕暮れのこと

「はぁ……」
 セピア色の優しい光が差し込む、喫茶店『風待ち人』の一角。
 片瀬秋良(かたせ/あきら)はカウンター席に突っ伏しながら、窓の外へと目を向けた。夕焼けの光が眩しくて、アッシュグレーの目を細めながら往来する人の流れを見ていた。
 外は人々が帰途に就く時間。忙しい人や車の影が秋良の目に入ってくるが、店内ではクラシック音楽に混じって店主がグラスやカップを片付ける音しか聞こえない。まるで外とは別の空間に思えた。
「……今日みたいな活動でそんな様子なら、これから結構キツイかもね?」
 秋良の一つ上の先輩にあたる日高蛍(ひだか/けい)は、隣の席で呆れたような目を向けている。
 彼女の肩の上くらいで切りそろえられた髪が、差し込む光に透けていた。
「……たった二人の風紀委員会の仕事にしてはハード過ぎません?」
「別に?」
 要するに慣れじゃない、と蛍は人差し指を立てた。
 秋良は気付かれないよう、小さく息を吐く。
 駅前の清掃を名目とした、二人の所属高――風見高校の生徒の監査。これが今日の秋良の、風紀委員としての初の校外活動だったのだ。
 高校生にとって貴重である放課後をフルに使った活動でひたすら重労働をさせられた秋良は、疲れ果てていた。本来の目的であった生徒の補導をしなくて済んだことが、唯一の救いだ。重労働に加えて報告書を書くなど、まっぴらごめんだった。
「でも、監査はともかく掃除なんて……」
 風紀委員の仕事じゃない。そう秋良は言いかけたが、途中で口を噤んだ。蛍に余計な口答えをすると鉄拳が飛ぶのである。最近はやっとそれを食らわずに蛍と同じ空間にいることが出来ていた。
 ただでさえ疲れているのだから、余計なダメージは避けたい。ちらりと蛍を窺ったが、幸い溜息も声も聞こえていなかったらしく、
「まぁ、駅前も綺麗になったし、声かけなきゃいけない子もいなかったし」
 それで良しとしようじゃないの、と笑ってみせた。
「はぁ……」
 それがどうして『良し』となるのか分からなかったが、秋良はとりあえず相槌を打っておいた。鉄拳を食らわないためにも、余計な口を利かない方が良い。
 そう思って、目の前のグラスの表面を水滴が伝い落ちるのをぼんやりと眺めることにした。

『あんた、風紀委員会に来なよ』
 蛍がそう言った日、秋良が委員長たった一人の風紀委員会に入った日。それから一ヶ月余りの月日が経とうとしていた。

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今まで暖めていたMixed Clonicleの本編がやっとスタート出来ました。
次は秋良が風紀委員会に入った日のお話になる予定。
【2010/10/10】up (C)香山湊