#00.序章/始まりの終わり、もしくは終わりの始まり

ああ、肉の焦げる嫌な臭いがする。
不快だ不快だ不快だ不快だ。
生きている時から鬱陶しい連中だったからだろうか。
足元で煙を上げる肉塊を軽く蹴りつけてやる。
それは悪臭のする液体を飛ばして、ぐちゃりと粘着質な音を立てた。
その光景に思わず唾を吐きかけてやりたくなった。

どうして上手くいかないんだろうな。
やっぱり彼が必要なのか、いや必要なんだ。
彼を探しに行かなくちゃ。
大丈夫さ、きっとすぐに見つかる。
だって彼も俺と同じなんだから。
生き方を変えたって、本質は変わらない。
ねぇ、そうでしょ?

死臭漂う暗室で、男のかけた眼鏡のフレームが僅かな光を受けて光る。

「……まずは着替えないとね」
いくらかの返り血を浴びた白衣はその白さを失い、赤黒く変色していた。
その姿に閉口しつつ白衣を床に脱ぎ捨て、暗室の外のバスルームへと向かう。

眼鏡を外し少し長めの黒髪を耳にかけると、洗面所の鏡に向かって男はにっこりと笑みを浮かべた。
鏡の中でも、同じ顔をした男がぞっとするほど綺麗に微笑んでいる。
緩やかな曲線を描く黒髪と、切れ長の瞳。
そして彼の形の良い唇がゆっくりと言葉を紡いでいく。

「君には『普通』に戻る資格なんてないんだってこと、教えてあげるよ」

男がそう言い終わるか終わらないかのうちに、男の写った鏡に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
一瞬遅れて、腹に響くような重い音が。

――カシャンッ 。
欠けた鏡の欠片が床で砕け散った。

さぁ、始めよう。君と俺とのゲームを。
俺が勝てば俺が望む全てを君から奪い、
君が勝てば君の望む未来を得るだろう。

男は硝煙を上げる黒い銃を無造作に置くと、バスルームへの扉を開けた。
そして、もう一度割れた鏡を振り返ると、またにこりと笑った。

「ま、俺が君に負けるなんてありえないんだけどね」

今までだってそうだったじゃないか。
俺が勝ち、君が負ける。
それがお決まりだった。

――それに、もし君が勝ったとしても。
望んでいた未来に希望があるとは限らない。

男は低く喉で笑うと、バスルームへと入っていく。
本来の機能を果たせなくなった鏡だけがその姿を歪に映し出していた。

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さてさてやっと連載にこぎつけたMixed Clonicleです。
ここまで長かった……!(蝸牛的執筆
頑張ってこの先も書いていきたいと思います。
応援よろしくお願いします。

【2010/08/13】up (c)香山湊